Spatial transcriptome 解析による肝線維化-発癌微小環境の解明
研究概要
この研究は、慢性肝炎の治療開発に、spatial transcriptomeという新しい解析技術を活用することを目標にしています。
慢性肝炎は肥満や飲酒、肝炎ウィルスへの感染などが原因となり、数十年にわたり肝臓が障害される病気です。「傷跡」(専門用語で肝線維化といいます)が肝臓にでき続けた結果、肝臓がいよいよ硬くなった肝硬変と呼ばれる状態になります。この様な肝硬変患者は日本では約5万人と推定され、肝硬変による死亡者数は年間8000-9000人に至ります。肝硬変になると肝臓癌を発症しやすいことが問題の一つです。肝硬変患者が肝癌を発症する確率は一年間で3-8%と非常に高く、手術や抗がん剤で肝癌を治療できても再発することが少なくありません。しかしなぜ「傷跡」(線維化)から肝癌ができやすいのか、未だ不明な点が多くあります。
この問題を解決するために、本研究はspatial transcriptome(ST)技術という新しい技術を用いて、手術や生検から得られる肝組織を詳細に解析します。ST技術は、組織の中で働いている遺伝子約2万種すべてを一度に捉えることができる、画期的な技術です。これにより肝臓の中のどこに、どのような細胞がいて、どの様な変化が起きているかを一目で「見る」ことができます。癌のできやすい患者ではどこにどの様な細胞がいるのか、これを明らかにすることで、線維化から肝癌ができやすい理由が見えてくると考えています。将来的にはこのST解析を、新しい治療標的を見つけるため、また個々の患者さん癌リスクを予測するために応用し、慢性肝炎患者の癌を防げる様になるのが目標です。
ST技術の進歩は目覚ましく、解析機器にも複数の種類が出てきています。それぞれに解析手法の違いによる長短所があります。今回、国立国際医療センターと、国立がんセンターの協力により、どの機種がよりこの目的に適しているか、比較検討も行います。本研究を通じて、ST技術を実際の臨床に役立つ技術に発展させることを目指します。
研究のイメージ図
期待される効果
- 肝癌の病理検体を用いた空間的遺伝子発現解析が可能になる。
- 肝癌の周りや背景の肝組織が、どの様な性質の細胞で構成されているかが明らかになる。
- ST解析で得られた情報を、その患者の臨床データと比較することで、発癌リスクとなる因子を見つけることが可能になる。
主任研究者
松田道隆(国立国際医療研究センター、肝疾患研究部、上級研究員)
私は消化器内科臨床医としてスタートし、肝臓病基礎研究の道に進みました。臨床と基礎研究は医学を発展させる両輪ですが、両者を統合して患者に還元することの難しさを日々痛感しています。近年急速に発達している空間トランスクリプトーム技術は、まさに臨床と基礎研究をつなぐ大きな可能性を持った技術です。今、この技術を活かしどのように臨床に役立てるか、自分の使命と思って頑張っています。
分担研究者
国立がん研究センター 研究所
がん細胞システム研究ユニット
住吉紘央子